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ペットロス(2代目コパンの時)

白丸亡き後、

1週間か10日位で

「里子を2代目としてをお迎えして

幸せうさぎにしてあげるのが

今の私に出来る最大の

初代白丸への奉仕だ」 と気付き、

SNSのうさぎコミュニティーを頼りに

相性が良さそうな子を探し出しました。

 

そして2代目うさぎ:コパンを迎えた時に

お世話になっている兎専門ホテルの店長様が

「ありがとう~うさぎ達を

大切に思ってくれて… 

しかし立ち直るのが

早かったよね~~~~!」

と、凄く感心されました。嬉しかったです。

迷ったり泣いたりする時間が

あまりにも勿体なく思えたから。

 

お迎えした日のコパン

緊張して固まってます(^^)

 

コパンは用心深い子だったので、

表面的には慣れてくれたけれど

心の底からの信頼を100%ゲット出来るまで

実は2年半くらいかかりました!

 

仕方がありません、学校の飼育小屋で

沢山の仲間を失っていって、

その後残った仲間がバラバラに引き取られ、

仮の預りさんに預けられちょっと慣れてきたな

と 思いきや、

本里親として我が家に

また移動して来たのですから…。

 

だから慣れてくれない期間、

初めは初代白丸が恋しくて

何度か泣きました。

 

そんなこんながあっても、

私の二代目お迎えの早い行動は、

本当に正解だったなぁ…と

しみじみ思えます。

 

2代目コパン 6歳8ヶ月の

あまりにも突然の体調不良が元旦朝

DSC_1924

 

お腹が張って張って

コパンはガスが溜まることが

そうそう無い子だったので緊張しました。

 

かかりつけ、救急病院は

調べておいてあったものの、

『お正月』と言うのは物凄い盲点がありました。。。

この件についてはまた後程綴ろうと思います。

 

インターネットで獣医師に

アドバイスを貰うサイトを利用しても、

その回答は知っている事であり

もう既にやってみている手段でした。

必死にネットで元旦に開いている

救急病院を探しようやっと見つけて、

電話で状況を話してから、

タクシー飛ばしてコパンを連れていきました。

 

一旦入院。

私は一度帰ることにしましたが、

1月2日23時前、

病院からコパン危篤の電話があり

私はタクシーを飛ばして病院へ。

日付が変わって1月3日の深夜、

救急病院内でコパンは力尽きて

旅立ってしまいました。

 

家で急変してから、

100%では無いものの

私は色々葛藤しながら先代白丸の飼育経験を

活かした判断でもって、

その瞬間時に出来る事・思いつく事はした…

どうしようもなかった…  と思えたので、

白丸の時の様な慟哭までは陥らなかったものの、

どうしたって不甲斐なさは

津波のように襲って来ます。

 

コパンの葬儀は前回同様、

愛ペットエンジェルリング様に依頼しました。

コースや納骨先も、白丸と同じにしました。

さくっとスムーズにお手配をして下さいました。

前回は私一人であまりにも心細くなってしまったので

実家の母を呼んでしまいましたが、

今回はもう流れも分かるし

この時は主人が居た為(休日だった)、

一通り自身で行うことが出来ました。

 

コパンの納骨後も先代白丸同様、

直ぐにコパンのケージ等は

片付けてしまいました。

白丸の時よりも、ぽっかりスッカスカになった感じ。

無理も無いんですけどね、

ケージのサイズを

白丸のケージを利用し始めた後、

一回り大きいものに買い替えたんですけど

まだ今の虎次朗のより小さかったもので。。。

 

コパンは大人でジェントルマンで、

空気が読めるいい子でした。

学校うさぎで、

必死に命強く頑張って生き抜いた子達の1羽でした。

(「モコ君」を譲渡され、我が家に来てからコパンに改名しました)

この頃、他の里親様のところへ迎えられた仲間兎達が数羽、

バニラもちゃぼも、先に虹の橋へ行っていたので、

コパンは仲間の後を追う形になっていました。

 

『久々に会えるんだね 苦労話でもするのかな。

心地よいところで、懐かしい仲間との再会を喜んで、

元気に穏やかに暮らしてね…。』

願うのはそればかり。

たまに涙はするものの、

一番好きなコパンの写真を見詰めながら、

私の頭は、また困ったうさぎさんを受け入れて

幸せうさぎにしてあげなきゃ、

これまで2羽が私にくれた

愛情に対して申し訳ない

という念が凄く強くて、

次のステップへ構想を練り始めました。

 

白丸、コパン、そっちから力を貸して。

君たちの仲間を、たった1羽で申し訳ないけれど

幸せうさぎにしてみせるから。

 

仲良く生活していけそうな

里子うさぎを探しながら

いつもそう呟いていました。

 

里子を探し始めると、

すぐにSNSの中でうさぎ飼い仲間に

「1羽困ってる子がいる。
もし卯月さんさえ良さそうであれば、
里子としてどうだろうか?」

声を掛けて貰えたんです。

それが現我が家の3代目・虎次朗でした。

 

コパン他界が1月3日。

兎飼い仲間からの声掛けはその後間もなく。

緊急だったので、すぐさま直接虎の元親様と

SNS上で数日間話し合いをして

お互い合意しあって、

譲渡日が1月20日くらい。

 

我ながらスピーディーだと思います。。。

けど命ですから待ったなしです。

 

相手が居なくなる度に悲しみは襲ってきますが、

愛するうさぎ達の為だと思うと

へこたれている時間が勿体なくて

じっとしてなんか居られないんです。

特別に自分自身に叱咤するわけでもなく

ただ自然に…。

 

親の気持ちが分かりました。

兎が気付かせてくれました。

今後もこんな風に、

私は立ち上がっていく事でしょう。

 

後は日々努力、日々勉強を続けて、

うさぎの生態や医療関係の知恵を増やして

今後もバカな後悔だけはしないように

励んで行きたい所存です。

 

今日も皆様とうさぎさんの愛が

更に深まりますように…♪

そしてもし

慟哭に打ちひしがれておられる方がいらしたら、

私のこの経験のお話が

気持ちと考え方が切り替えられる

きっかけにでもなってくれたら幸いです。

 

それではまた~βуё (o’ω’o)ノシ βуё

 

 

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